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溢れる情報と付き合う(1 2006:09:27:15:27:43

[ えとせとら ]

「抱いてばかりいたら、抱き癖がついて甘えッ子になって手を焼くわよ。」
「抱き癖がつくくらいが調度いいのよ。愛情不足になるわよ。」

例えばこんな風に、一つの事柄についても2通り以上の意見があって、その度に困惑してしまうこと、ありませんか?

上記以外でも、自分自身がぶつかった問題も含め、思いつくものとして、

・ しつけと称して「叩く」ことの是非
・ 母乳かミルクか
・ 断乳する時期や、断乳か卒乳か
・ 授乳中の母親の食事の内容
・ 歯磨きを強制的にでも行うべきか、否か
・ 離乳食の開始時期や内容について
・ 布オムツか紙オムツか
・ 早期教育の是非
・ 与えるオヤツの内容

……など、これ以外にも、細かいところで色々とあるかと思います。

中には、身近な育児の先輩や医療・保健従事者に指摘・指導をされたときに、今更どうしようもない状態だと特に、その語調の強さ次第では

「私のこれまでの育児は間違っていたの?もう取り返しのつかないことなの?」
「もう私の育児はジ・エンド?ゲームオーバー?オイオイ、リセット出来ないよ〜」

と、落ち込んでしまう人もいるかもしれません。そうなのでしょうか。

『離乳食について』などの記事でも繰り返し言っていますが、
「こうでなければ子どもはきちんと育たない!不幸せだ!」
ということはないと思います。この方法を選んだ、だからこの子はこんな風に育った……というような直接的な要因には、それぞれならないはずです(例え若干の影響はあったとしても)。
例え、万が一将来子どもの素行や学習能力、健康状態に、何かしらの問題が出たとしても、それらの多くは選択肢の間違い(?というのも語弊がありますが)一つが原因ではなく、様々な要因が重なってのことであると言えるのではないでしょうか。

いや、どんなことが将来起ころうとも、理由だの原因だのよりも、目の前にいるありのままの我が子を受け入れることそのものの方が優先されるものだと思います。

そもそも、自分が求めていた情報が必ずしも必要な時に手に入るとは限りません。もう済んでしまったときに耳に入ってきたところでどうしようもない、ということもあるでしょう。その時、知ることが出来なかったことに対して、残念だなと思うのはあるでしょうけど、必要以上に後悔して落ち込む必要はないと思います。
これら後から入ってきた情報が、説得力あるものであっても、その多くは大なり小なり別の形でいくらでもフォローすることが出来るものでしょう。

それまで得た情報の中で、結果的に選んだ・もしくは選ばざるを得なかった方法や、人それぞれある育児のポリシーは、各々尊重されて然るべきではないでしょうか。我が子のために、みんなそのときそのとき必死なわけですから。

ちなみに、これから先「こうでなければいけない」育児の選択。あるかなーと、記事の構想を練りつつ考えていました。これだけは外せないもの。

それは、“子どもに対する愛情・慈しむ心”を失わないこと、ひとえにこれだけではないでしょうか。そういう意味では、冒頭に挙げた『抱き癖』うんぬんについてだけは、個人的に後者の意見を大いに推します。
これまでそんなこと気にしたことがなかった、というならば、今からでも目一杯抱きしめてあげたらよいのでは。

愛情を体いっぱいで表現することで、子どもはこちらの精一杯の気持ちとその時その時最善を尽くしている頑張りは、きっと感じるはずです。子どもに無関心でいては、せっかくの育児ポリシーも無駄になってしまうと思うなー…(育児ポリシーが“無関心”です、だなんて言わないでね(^_^;))

(2002.11.07 記) 2003.07.27 一部更新

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 '06.09.27(水) 15:27
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