私のお産〜一人目〜 2006:10:23:09:39:49
2000年9月に、私は第一子・たっけをお産しました。
当時お産をした産院では、陣痛は予定日の14日後までは自然なものを待ち、陣痛促進剤を使用、無痛分娩、母子同室制を採用していました。
ここでは、あえて産後に得た情報や知識には触れず、当時思ったこと、感じたことを添えて、私のお産と入院生活がどんな様子であったかを綴っています。
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一人目を妊娠5ヶ月目にして死産で失い、悲しみをいつまでも引きずらないためにも、と、夫婦で話し合い望んで授かった新しい命だった。
初めての妊娠が、悲しい結果に終わり、正直本当にこの子が無事生まれてくるのかと初期の頃は常に不安との戦いではあったけど、胎動を感じるようになった日から、徐々に“無事に育っている”と、身体で感じることが出来、お産の日が迫る頃には『赤ちゃんとの対面の夢』まで見るようになるほど、その日を楽しみにするようになっていた。
そして、その日を迎えた。
朝5時半頃、お腹の張りで目が覚め、定期的に感じたので時計で計ると10分間隔。でも、初産ですぐに生まれることはないと聞いていたので、隣で寝るダンナには一言、陣痛が始まったかもしれないことだけを告げ、階下の居間へ移動。(ちなみに当時、夫婦で私の実家へ“里帰り”をしていた)
心配そうなダンナを余裕で見送り、10時頃になると、陣痛の強さが増し、おしるしを確認したので産院へ入院の身支度をして父に連れられ移動。このときまでは、陣痛が赤ちゃんと対面が近いことを知らせているようで、ウキウキしていた気がする。
産院に着き、診察台へあげられ、先生の内診。
「子宮口は今4センチくらい開いてるかな。じゃ、産道を柔らかくする薬を入れるからね。・・・この様子だと、お産は今晩あたりかな?」
と、膣内になにやらお薬を入れられた。恐らく陣痛促進剤かな?その辺の説明はなかったので、今となっては謎。
その日は病室が満員だったので、直接“陣痛室”と呼ばれる分娩室に一番近い、ベッドだけがある部屋へ通され、昼食を取ることになった。
このときすでに陣痛は5分間隔となり、痛みも強くなる一方で食べるどころではなかった。
痛い、痛い、痛い、とにかく痛い!こんな痛みがあとどれくらい続くんだ!
そんなことばかり考えていた。
母がナースコールをし、看護婦さんが陣痛室へ機械を運んでくる。
「今から赤ちゃんの様子を見る機械を付けますからねー」
と、痛みにもがく私を仰向けにすると、下半身に熱い液体がぶわっと広がった。破水したのだ。それとともに、お腹の中の“ソレ”を体外へ押し出そうとする力が勝手に働く。
「うわー!出ちゃう!赤ちゃんが出ちゃう!」
そう叫んでいた。でも、叫び声にはならなかったと思う。実は、中途半端に学んだ呼吸法をメチャクチャに行ったために、過換気症候群のような症状に陥り、体中がしびれて頭の中も真っ白になっていたからだ。
「そんなに小刻みな呼吸しちゃダメ、ゆっくり深呼吸して!分娩台に行きますよ!」
看護婦さんに運ばれて、向かいにある分娩室へ移動。いつの間にか点滴を刺され、麻酔もされていたようだ。
「さ、落ち着いてゆっくり息を吸って……もう痛くないはずですよ!」
そう言われて、そのとおりにしてみた。本当に陣痛はどこかへいっていた。そのかわり、お腹に勝手に“何か”を押し出そうとする力が働いていた。
「はい、上手ですよ〜…さ、いきんで!」
指示通り、ゆっくりといきむ。このときも痛みはなく、例えるならおトイレで「大」の方をしているような感じ。
そして、あっという間にお産は終了した。下のほうから元気な産声が聞こえてくる。
「おめでとうございます、12時15分、元気な男の子ですよ」
先生の声とともに、泣き声は一気に遠ざかった。処置室へ連れて行かれたのだ。会陰が少し傷ついてしまったとのことで、引き続き縫合。これも痛くない。
ぷはー、や〜っと終わった。・・・・・・。
あれ?・・・最初の違和感は、このときだった。お産が終わったときって、感動で涙が出るもんじゃないの?自分はこれしか感じないの?こんなにあっさりとしたものなの?何かを成し遂げた達成感というよりは、開放感が強かった気がする。
その後、看護婦さんに抱かれて、バスタオルにグルグルに巻かれた我が子が分娩台の上で休んでいる私の脇へ連れられてきた。
抱かせてはもらえず、見るだけだった。
へぇ、この子がお腹の中にいたんだ。あ、こっち見てる。へー、そうか。
触ってみたいなー……でも、看護婦さんは触って欲しくなさそうだな。やっぱり私の汚い手じゃ触れないんだ、新生児は。
そのままさっさと新生児室へ連れられていき、さらにしばらくそのまま休憩をしたあと、空いた病室へと連れられて行った。
赤ちゃんとの生活は2日後から。それまでは観察期間で新生児室で保育器に入れられる。
思いのほかお産の進行が早かったため、分娩が始まってから駆けつけることになったダンナに、赤ちゃんのポラロイド写真を見せられた。何て可愛いんだろう!早く抱いてあげたい!
最初の晩は、興奮で眠れなかった。新生児室でどうしているか、写真を何度も眺めながら思いをはせていた。
翌朝、許可が下りたのでダンナに付き添われて新生児室へ赤ちゃんの様子を見に行った。
「ほら、あそこの保育器の中・・・・・・かわいいなぁ〜〜〜〜」
ダンナはすでにメロメロのようだ。しかし、私は
え、あれ?あれがそうなんだ。……ありゃ、写真で見たのと違うような気がする…。へ〜……。なんか、ホントにサルみたいだな。
ショックだった。何故か、どうしても愛しいと思えなかった。
お世辞にも、「かわいい」とは声に出しても言えなかった。顔が引きつるのを感じる。
同時に、漠然とした不安に駆られた。明日から同室になるのに、この子のことをちゃんと面倒みてやれるんだろうか。私ってばおかしいんじゃないだろうか。。
その日、通いの助産婦さんによる“オッパイ教室”なるものが開かれた。
乳首と乳房のマッサージの練習から、搾乳の練習という流れ。説明書通りやるものの、いくら頑張っても私のオッパイから出てくる母乳は数滴。30分かかって10cc溜まったかどうかぐらい。
周りのほかの産婦さんは、私より産後の日数が経っているせいか、100cc搾ってもまだまだ出るような勢いで、それを見て凹んだ。
私って、オッパイの出ない体質なのかな??
部屋へ帰ってから、更に練習をした。乳輪の周りに指の形のあざが出来た。痛くて辛かった。
翌日、待ちに待った赤ちゃんとの生活。
助産婦さんに抱かれて、予定されていた時刻より遅れて赤ちゃんは私の元へ帰ってきた。新生児室で抱いた漠然とした不安は少しなくなった。
そこで、授乳の仕方、調乳の仕方、授乳時間を2.5時間〜3.5時間とすることなどを指導される。
「辛かったら、夜間はナースセンターで預かりますからね。」
そう言われたが、退院するまで断り続けた。
「我が子は自分の手で面倒を見る!」という気持ちよりも、ずっと欲しかったお人形をやっと買ってもらって、夜もそばにおいて離さない子どもに近い心境だった。
マニュアル通りに授乳前・授乳後の体重を量り、足りない分はミルクを補充した。途中、乳房がガチガチに張って痛くてたまらない状態にもなったが、夜中に看護婦さんや助産婦さんに搾乳をしてもらい、アイスノンで冷やして、すっきりした。やはり搾乳の仕方はまだまだ下手くそだったようだ。
でも、看護婦さんも助産婦さんも、
「私たちに気を使うことはないですから、夜中でも辛い時はいつでもナースコールしてくださいね。どんなことでもいいから相談してくださいね。」
と言ってくれたその言葉で十分励みになった。
そして、退院の日。
ミルク業者派遣の栄養士さんに、退院後の母乳育児についての話と、ミルクのサンプルや資料を頂いた。その他に、病院側からもミルクの缶を2缶もらった(もしかしたら、出産費用に含まれてたかもしれないけど)。
おかげさまで母乳の分泌量には恵まれ、
ミルクの調乳が面倒だから帰ったら母乳だけでやってみようかな、ま、でも母乳でもミルクでもどちらでもいいや。
そう思いつつ病院をあとにした。
心配事といえば、授乳の時間じゃないときに赤ちゃんが泣いたら、大変だな〜ということぐらいだったろうか。通いの助産婦さん曰く、
「授乳間隔を守らないと、乳首に負担がかかるから。少しくらい泣いても大丈夫、泣かせておいて。あまり抱くと抱き癖がつくから」
とのこと。ただ、先生は
「おっぱい、おむつ等の不快が原因で泣いてるのではないときは、とにかく抱いてあげてね。抱いて欲しくて泣いてるんだから」
と言う。どっちが本当かよく分からないけど、まあ、両親もいるし、ダンナもいるし、何とかなるだろう・・・ぐらいにしか思わなかった。
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優しいスタッフに囲まれ、陣痛開始からわずか3時間あまりで、痛みのないお産。
「また、妊娠・出産してもいいな〜」と思える、出産・入院生活ではあったけれど、その後も理由のわからない違和感はずっと拭い去られることはありませんでした。
一体自分のどこに、違和感の原因があるんだろう?
中学3年、高校2年のときに、2度にわたり9歳離れた姉の里帰り後の育児を手伝い、赤ちゃんはとってもかわいいと思えたし、前回の妊娠で辛い経験をしただけに、我が子をかわいがる自信は十分あったのに。
その当時の私には、全く知るよしもありませんでした。
(2002.11.21 記)
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