私のお産〜二人目〜 2006:10:24:14:14:11
さて。
これまで本を読んだりすることで、色々頭に叩き込んだ「私にとっての良いお産」とはどんなものか…といったことを踏まえて、私が選んだのはまずBFH(赤ちゃんに優しい病院)での出産。
そして、調べているうちに、その選んだ産院で「自宅出産」のフォローも行っているということを知り、自分の中でどんどん「自宅(実家)で新しい家族を自然に迎えること」への望みが膨らんでゆきました。そして…
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予定日より2ヶ月前・正月に里帰りをし、明けに早速産院を訪れた。
自宅分娩を希望しているものの、どうやって話を切り出したらいいんだろう、正直、不安だった。イヤな顔をされたりはしないだろうか。でも、ネットでの情報によれば「経過が良ければよいのでは」とのことだったし…
診察前に呼ばれ、体重と血圧の測定の為に助産師さんに呼ばれた。話を切り出すのは早めの方がいいだろう、と、勇気を出して聞いてみることにした。
「あの、インターネットで、こちらは自宅分娩も出来ると伺ったんですが…」
「ご自宅で、ですか?」
助産師さんのやや面食らった顔。ああ、やっぱり来ていきなりこういう話はまずいのかなぁ、どうなるのかなぁ、ますます不安になる。
ところが、助産師さんはニコリとして言った。
「珍しいですけど、そうですね、今までの例だと、昨年で4件くらいかな?大抵3人目とか4人目の方がご希望されてましたけど。希望されるんですか?」
「え、ええ、出来れば…ただ、どんなものなのか分からないし、準備とかもどうしたらいいか分からないし…」
「じゃ、先生にお話しておきますね♪」
後から分かったのだけど、どうやら助産師さんが驚いたのは、自ら「自宅で」と言い出す人がやはり珍しいから、というだけだったようだ。診察で先生のもとへ行くと、エコーで念入りに赤ちゃんの様子を見て
「いいんじゃない?特に問題ないし。体重の増えも、赤ちゃんも。大丈夫でしょう。」
あっさりとしたのもだった。
「ここでは、F助産師と、育児サークルを担当してくださってる、M助産院のS助産師がペアを組んでやってるから、二人と話してみて。」
その際、正直に不安な気持ち、一体どんな雰囲気で行われるのか、ということも一応聞いてみると、
「自宅って、実家でしょ?家族の了解??別に一緒にいる家族に面倒をかけるもなにも、あなたがお産するんだから。他の人は隣の部屋でただ待ってりゃいいんだしね。2階でお産できるかって?マンションの5階で産む人だっているんだから、どうってことないよ(注:先生、その回答はまた私の質問の主旨とちょっと違う気がします…苦笑 水やお湯を用意するのに1階と往復しなけりゃいかんのですよ…)
まあ、あなた自身が不安なら、家族にもう一度聞いてみれば。次の健診までに結論を出して。」
帰宅後、母や父にも話をすると、里帰り前から私がほのめかしていたので、覚悟は出来ていたとのこと。むしろ、まだ乳離れをしていないたっけを置いて、1週間入院生活を乗り切るよりは、たっけのためにもいいんじゃないか、とさえ思っていたとのことだった。
それから数日後、二人の助産師さんとの打ち合わせをするために再び産院へ。一人で説明を聞くよりも、家族の中で一番手伝いとして動くことになるであろう母にも付き添いを頼む。…と、運転手の父も一緒について来て、たっけを含めて4人で訪れることになった。
お会いした産院勤務の助産師Fさんと、市外からサークルの手伝いで通っている助産師Sさんは、お二人とも優しくて、かつ自信に満ちていて頼れそうな感じ。お話をしていてとても安心感を得られた。
面接、といった感じで、私がどれくらい自宅での出産への思い入れがあるのか、ということを聞かれた。そこで、大野先生の『分娩台よ、さようなら』と、岡村先生の『母性を育む』の話を出すと、「お勉強されてるのね」とニコリとされた。
自宅でのお産が、どういう感じで進行していくのか、万が一の場合はどういった対応をするのか、その“万が一”のことというのは、急激に訪れるわけではなく、ジワリジワリ、と分かってくるものなので、不必要に不安がらなくてよいということなどを説明された。
また、母のお産の話なんかも交えて、和やかに打ち合わせ。
ちょいと心配な要因として、たっけのお産が陣痛から3時間というスピード出産を遂げたこと、予定日よりもやや早い9日前に生まれたこと、たっけがまだ授乳中でお腹が張りやすい、ということを伝えておいた。
「そうね、もしかしたら予定日よりも早まるかもしれない。」
助産師さんもメモメモ。そういった母親の勘は、比較的的中するからとのことだった。
それから2週間後、健診を兼ねてもう一度打ち合わせに産院を訪れた。
今回は、市外からの出張助産師さんに、主に現在の体調やお産への希望などを伝える形での話し合いとなった。
正直、無痛分娩しか体験のない自分、どんなお産が自分のしたいお産なのか、「出来ればたっけを立ち会わせたい」「お腹が大きくなるにつれて、恥骨痛が酷くなってきたので、負担のかからない姿勢を知りたい」…くらいしか思いつかなかった。。あとは、言わなくても会陰切開や剃毛や浣腸なんかはしないし…
「なるほど。来週ある母親学級には出席された方がいいかもしれませんね。前回無痛分娩で、お産のイメージが出来ていないなら尚更。こちらで予約を頼んでおきましょうね。
では、次の打ち合わせは、健診を兼ねてご実家でしましょう。そちらで用意していただきたい道具とかは、その時最終確認ということでお話しますから。」
ということで、今後のスケジュールの確認をして終わった。
これから、お産に向けて少しずつ体作りをした方がいいんだろうなぁ、一応健診の日は産院までの片道30分弱を歩くようにはしてたけど、それだけじゃ足りないだろうし。。
その時点で、体重の増加・血圧・貧血・尿の糖なども「問題なしの優等生」と太鼓判を頂いてはいたのだけれど、普段の生活を考えると、とてもじゃないけれど不安で不安で……。麻酔の無い分娩。それが、楽しみなようで一番の恐怖。
もう一つの恐怖は、前回一人目のお産のときに体験した「仰向けになった途端の破水」「間違えた呼吸法による過喚気症候群」…。どうなるか、漠然と不安を抱きつつ、たっけにオッパイをあげながらその日を待つこととなった。
そして、お産当日…それは、突然やってきた。
予感していた以上に早く、予定日よりも約3週間も前だったのだ!母親学級・実家での助産師さんとの打ち合わせをその週に控えた火曜日・祝日の朝だった…
5時半頃、何となくたっけに添え乳をしていてお腹が張るのが強く感じられ、静かに声をかけてオッパイを離してもらい、少し様子を見ていると、それが定期的に訪れているように思えてハッとした。
――まさか陣痛じゃあるめぇな。。
7時を前にして、やはり様子がおかしいと思い、二階の寝室から階下へ移動することに。たっけにはお腹が痛いことを伝えて、手を添えてゆっくり自力で降りてきてもらうことにした。
お産介助のメインを行う、S助産師さんとの連絡方法を確認していない状態だったので、産院勤務のFさんへ電話をする。この時点で不安が募っていたためか、すでに5分間隔くらいに痛みが来ていた。
「前駆陣痛の可能性もありますから、とりあえずそのまま何も用意しないで来てみて下さい。」
そうか。前駆陣痛か。そうかもな。いくらなんでもな。…などと笑いながら、たっけと一緒に父の車で産院へ向かうと、F助産師さんが待っていた。そして診察室へ通されて、子宮口の様子を見てみると…
「あ、始まってますね。今…4センチ、かしら。」
!!やはり陣痛だったのだ。前回のお産なども考慮すると、今日中に生まれるのは間違いないだろう、と。ともすれば、昼には産声を聞いているかも!?
赤ちゃんの様子を知るために、ナースステーションで胎動チェックの機械を付けて安静。ひとまず病室を一部屋確保した。……Fさんに、母親学級を受けていない不安な気持ちを伝えると、その中で使われる先生のお話を録画したもと、実際産院で撮影したお産の様子のビデオを見せて下さった。
先生のお話に関しては、母乳育児・母子同室等私がサイトでお話していることと同様だったので、うんうんと頷きつつ拝見。
「この分娩の様子は、2年位前に撮ったものだから、今はこんなふうにいきんだりしないんですよ。最初から最後までいきまないで深呼吸するだけなのよ」
へぇ、初耳。いきまなくていいんですかぁ。…覚えておこうっと。
などと思いつつ、一通り眺め、イメージを膨らませる。そして、赤ちゃんのデータを取った後、病室へ通された。そこでくつろいでいると、先生がいらして
「予定より少し早いけど、様子を見る限りなら大丈夫、今からおうちへ帰って産んでもいいよ。どうする?勿論、どうしても不安なら、産む場所はここで、赤ちゃんとお母さんの産後の経過がよければ翌日退院、でもいいけど…」
と、おっしゃって下さった。家で産める!…けど、やっぱり不安…。何しろ前回のお産での恐怖に加えて、家のほうの準備が不十分(注:実際は、何も用意が出来ていなくても、そのことさえ分かっていれば、助産師さんのほうで用意は出来ると言われてはいた)だし…でも、本音も言うと、BFHに認定されたこの産院でのお産・産後の入院生活にも大いに興味があったのだ。フリースタイル用分娩台ってのも、どんなものかこの目で見てみたいし。。
「産む場所、ここを貸してください。」
そして、産院での陣痛〜お産が始まったのだ。
連絡を受けたS助産師さんが病室へ到着し、そこで改めて先生と三人で現在の様子、お産する場所について話を決めた。
病室には、私、たっけ、父、母。福島で仕事をしていたダンナには父が連絡を取ってくれ、今日中に生まれそうだと話すと何とか間に合うように帰りたい、とのこと。もともとこの日は、ダンナが連休を取って盛岡へ遊びに来る予定になっていたので、都合は良かったものの、交通手段が新幹線、移動時間に約2時間以上も要するため、仕事の方はお産に合わせて切り上げるわけにはいかなそうだった。
S助産師さんにほぼ付きっきりで、痛みの波が来るたび腰をさすって頂いたり使い捨てカイロで腰を温めてもらったり、足浴をしてもらったりしながら、一人目のお産のときのことなどのんびり会話をしていた。
「別に、寝ていなくてもいいんですよ。歩きたかったら歩いてもいいし、座っていたかったらそれでもいいし。食べたいもの食べて、好きに過ごして良いんですよ。」
と言われて、どうしようかな〜と思ったが、結局“トド”なもので(……。)、コロンと転がっていた方が楽、ということで横向きになってくつろいだ。
たっけは部屋を出たり入ったり、とにかく忙しなくて落ち着かない様子だったが、
「これがまたいいんですよ。お子さんがこうして普段と変わらない様子で過ごしていると、空気も和やかになるし、自然でしょう?普通に普通に、自然に自然に、それでいいんです。」
と、Sさんはニコリ。
私は、時折訪れる陣痛も、深呼吸、深呼吸…で騒ぐことなく、なんとかこなす。お腹の赤ちゃんも一緒に頑張ってる、一緒に頑張ってる、私が自分を見失っちゃうと、苦しむのは赤ちゃんだから……少し額に汗はにじむものの、耐えられる程度。
そのうち、家では5分間隔だった陣痛が、徐々に10分間隔、15分間隔…と広がっていくではないか。
「リラックスしすぎちゃうと、陣痛が遠のいちゃったりするのよね。今せっかくいい陣痛が来てるから、このまま止まっちゃうともったいないなぁ…」
「リラックスしてるしてないで、陣痛の間隔も変わるんですか??じゃあ、もしかして家で5分間隔になっちゃったのって、私があまりにも心配して不安がったからなんですかね。」
そう尋ねると、
「ああ〜、それはあるかもしれないね〜。…でも、いずみさん、さすが。経産婦さんだからかもしれないけど、凄い余裕ね?どっしり構えてらっしゃる。落ち着いてて、とってもいいわよ。これだけお母さんがリラックスなさってるから、きっと安産間違いないわね〜。」
などと誉められちゃったりして、会話を重ねるうちにドンドン私はその気になってきた。
「少し院内でも歩きましょうか。また陣痛がきたら、いつ、何分間続いたか教えてくださいね。」
と言い残し、Sさんは一旦部屋を出た。その頃には、義父母も到着。たっけは義父母を従えて院内探索へ出かけてしまったので、そのあとを母に手を取ってもらいゆっくり付いていく。
歩くとさすがに陣痛が早まり、病室のある2階を少しウロウロしただけで戻ることにした。Sさん、再び病室へ。
「また10分間隔になってきました?」
そして、たっけに添え乳をしながらお昼寝をすることを勧められた。添え乳で陣痛も進むし、お昼寝をすることでリラックスもできるから、と。ついでに出されたお昼ご飯などは、一人目のお産の時と違い食欲旺盛で、モリモリと全部平らげてしまった(超美味かったンスv)。
しかし、たっけのほうが昼寝を拒み、遊びに行ってしまった……。仕方なくまた、足浴でリラックスしながら談笑。
……そのうち、部屋へ戻ってきたたっけはさすがに疲れたらしく、眠ってしまった。その時時間は3時半。そろそろ子宮口の様子を、と内診してみると、9センチ。痛みもいい波がきており、間もなくと判断し、分娩室へ歩いて移動することになった。
――たっけの立会い、危うし!!!
分娩室へ入り、「好きな体勢で」と言われ、例の恥骨痛を緩和する体位での分娩ならどうしたらいいかと尋ね、楽な姿勢を話し合い、左を下にして横向きに寝ることにした。
フリースタイル用分娩台は、ベッドのような形。緊急時に備えて、通常の仰向け寝にもなるよう変形も出来るようだ。あとは、いわゆる『うんちングスタイル(汗)』や四つん這い、とにかくお産する人に合わせて自由な格好が出来る。
段々間隔が狭まり強くなる陣痛に、さすがに声が出てしまうようになった。
「…ホントにいずみさん、落ち着いていらっしゃるのね、隣の陣痛室に初産婦さんがいらっしゃるんだけど、きっと彼女、ここで今まさにお産が始まりそうなことなんて気付いてないでしょうね。…でも、痛かったら声に出してもいいんですよ〜。」
などと、励ましとお褒めの言葉を頂きつつ、ヒーヒー精一杯の深呼吸をしながらいきみたいのを何とか逃す。とにかく、前回のように過換気症候群にだけは…
私の様子をみながら、F助産師さんとS助産師さんはテキパキと準備をすすめ、いよいよもって出産に向けてのラストスパートへ突入した。
「いずみさん、いきまないんですよー。はい、上手です、上手……。はい、破水しました。」
その破水と同時に、下半身に生暖かいものがぶわ〜っと広がって、何かが下がってくるような感じ。前回の大パニックのような事態には陥らなかった。分娩室の中は、いたって落ち着いた雰囲気。
Sさんが横向きに寝ている私の足元へ来て、私の右足をご自分の右肩にかけた。最終的にはこの体勢でのお産となった。
そのうち私はいきみたい衝動に勝てなくなり、思わず何度か「んん〜〜〜…っ」と腹筋に力を入れてしまった。
「今、頭がここまで来てる。もう少しだよ〜、少し、我慢して。吸って〜、、吐いて〜、、吸って〜、、…さ、赤ちゃんすぐそこよ。…ほら、きちんと頭が出てくるところを見てあげて。……あら、そういえばお兄ちゃん立会いじゃなかったかしらっ!?」
その辺で、タイミングよかったのか悪かったのか、昼寝から目覚めたたっけが、母に抱かれて分娩室へ駆けつけた。まだ寝ぼけ眼で状況が飲み込めていないらしく、私の痛みに耐えている苦行の姿を見て今にも泣き出しそうな、心配そうな顔をしている。
「たっけ……」
ママも痛いけど、赤ちゃんも頑張ってるよ、応援してあげようね…と、言いたかったけど声にならなかった。ただひたすらたっけに手を伸ばし、それを握ると、彼はますます泣きそうな顔になる。
段々頭が締め付けられるような破裂しそうな、不思議な感覚が襲ってきた。…たっけに落ち着いている様子を見せようと、思わず深く息を吸って深呼吸をしてしまったため、また酸素を吸い過ぎたようだ。目がかすんできてやや焦り、必死に目を閉じてめまいから立ち直ろうとする。
「ほら、いずみさん、目を閉じないで、赤ちゃんよ!」
すると、膣のあたりが伸びきった感覚のあと、ヌルン、と頭が出てくる感触があり、一気に体が楽になった。
「ほら、頭が出たよ!もう少し!…はい!」
というS助産師さんの声とともに、元気な産声が部屋に響き渡った。そして、その声がすぐに私の胸の上に。…フニャフニャの体がピタッと肌に密着する。…温かい。
「さ、おっぱい、飲んでごらん。飲めるかな??…お兄ちゃん、ほら、いいよ。一緒に飲んで。」
笑顔で助産師さんが言い、私がたっけに手を差し伸べると、彼はめそめそ泣きながら私のオッパイに吸い付いてきた。生まれたてホヤホヤの赤ちゃんと並んで。
赤ちゃんはというと、目をつぶったまま、たった今子宮の外へ出たばかりで初めての外界でありながら、私の乳首を探して一生懸命口をパクパクさせていた。生まれながらにして持っている、生きる術。
上手く吸い付けず、何度か失敗したけれど、それでも何とか口に含むことは出来た。
たっけが出産当日まで吸っていたためか、乳腺も問題なく開通していて、にじむ程度とはいえ初乳もすぐに分泌された。でも、赤ちゃんは吸うと言うよりは舐めた程度。…隣でたっけがグイグイ飲んでいたので、そう感じただけかもしれない。
ちなみに、あとで聞いた話なのだが、本当は私がいきんでしまったときに、普段ならいきみを逃す呼吸法(フッ、フッ、フッ、フッ、と短いもの)をさせるのだけれど、前回過換気症候群で我を失った…という話を陣痛中にしていたので、あえて教えなかったのだ、とのことだった。
夕方4時20分。体重2,348g、少し小さめだったけれど、生まれた晩も夜通し一生懸命おっぱいを吸ってくれ、翌日の各検査・体重測定も問題なくクリア、退院の許可が出た。
正直、ご飯も美味しいしスタッフも親切、居心地が良くてこのままみっちり6〜7日間入院してもいいなぁ…と思ったのだけれど、唯一ベッドがセミダブルで、二人で同床は問題ないけれど、たっけと赤ちゃんと三人で過ごすにはさすがに狭苦しいということで、後ろ髪引かれつつ退院することに。
産後のケアは、S助産師さんが1週間続けて毎日通って丁寧にお世話してくださった。
3時間ほどかけて産後の私の回復具合やおっぱいの様子、赤ちゃんの様子を調べて、二人の体をキレイに拭いてくれたりして、最後にマッサージと足浴。もう、Sさんがいらっしゃるこの短い時間は、至れり尽せりの至福の時だった。
勿論それだけでなしに、たっけのヤキモチやなんと便秘のことまで、心配事にも親身に相談に乗ってくださって、体だけでなく心のケアまで、私は満足に受けることが出来た。
あえて残念だなぁと思ったことと言えば、このまま状態が落ち着いていけば、Sさんとお会いする機会がぐっと減ってしまうこと……
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…というわけで、私の場合「自宅(実家)でお産」という願いは残念(?)ながら叶うことは無かったのですが、それも“自分で選択をしたこと”ですし、結果としては大満足のお産を体験することが出来ました♪
ちょっと中途半端だったかな、と思ったのが、たっけの立会い。
今にして思えば、分娩室に移動する前に「ここ(病室)で産んでもいいのよ?」とSさんに提案された時、それを選んでいれば、私や助産師さんの様子や雰囲気で目が覚めて、もう少し自然に立会いが出来たかもしれないですねぇ…。
あの時は、確か「誰か知らずに入ってきたらびっくりするだろうから」と、その選択をしなかったのだけど、それなら病室の入り口でとーちゃんか誰かに見張り(?)しててもらえばよかっただけで。まあ、それは次回のお産に生かすとしよう!
ちなみに言うと、ソフロロジー式ではありません。アクティブバース…いや、「昔ながらの日本のお産…を、産院の分娩台を借りてやった」という表現が適切かと。
実は私、いきんでしまったがために会陰を傷つけてしまい、一針ほど縫ってもいいんじゃないか、とSさんが思うくらいだったそうでしたが、産院の方針で縫合しなかったんです。
その後、傷が治るまでの2週間ほどは痛くて「ひぃ〜っ」でしたが、治ってみるとあら不思議、全然違和感がないんです。一人目のときは融ける糸で数針縫ったんですが、傷口が治ってからも4〜5ヶ月、引きつったような違和感があって自分で触ることも怖くて出来ませんでした。
「自然の力、人間の治癒力って思っている以上にスゴイのねぇ」
…なんてSさんも感心されていました。ホントだホントだ。
何より驚いたのが、陣痛中〜産後のケア。
一人の助産師さんが付きっきりで(※私の場合は、もともと自宅分娩の予定だったので、「この人はSさんの患者さんです」と、産院の先生に言われたという経緯がありますのであしからず…)、きめ細かな心配りをして下さったことで、私は、陣痛中・お産中は自分の体と赤ちゃんのことだけに集中することが出来、産後も悩みなどを聞いて頂いたりして、余計な神経を使わずに済んだのだと思います。
そして何より自分が主役なんだ、大切にされているんだ、という安心感があって、ダンナがお産に間に合わなかった分、そして遠く離れてなかなか会えない分の心の隙間もある程度埋められた、というのはあると思います。
私の自尊心を大切にして下さった、Sさん、Fさん、K先生他スタッフの皆さんのお心遣いに、感謝の気持ちでいっぱいです。
一人目のお産の時に足りなかった、
●自分自身のお産に対する意識向上
●お産と母乳育児に関する知識
●産院選び(助産師さんとの出会い)
この三点が、今回のお産を“心からすばらしい体験と思えるもの”にしてくれた、と思っています。
ついでに、次回3人目を授かったあかつきには、自宅でのお産にリベンジしたいと思っています。…ふふふ。
では、ここを訪れた皆様のお産が、ステキなものとなりますように…
(2003.06.13 記)
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