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子供のためにできること 2007:07:31:09:55:24

[ 育児の「苦」 ]

このカテゴリーのエントリーが少ないからと言って、私が日々子育てを楽しんでいるかといえば

むしろ苦労の方が圧倒的に多いd(ry

ただ、人間、自分の【負】の部分をさらけ出すというのは非常に勇気が要ることであり、漏れなく私もそーいうチッサイ人間だと。それだけの話であります。

最近UPしたお勧め図書のエントリー(これとかこれとか)の内容をご覧頂ければなんとな〜く感じると思われますが、前回のエントリーから…いや、実際はもっとそれ以前から

【物理的ではなく精神的に子育てが辛いとき、その解決の糸口は“困ったヤツ”な子供をどうにかするのではなく、自分自身の中にいる見えない“困ったヤツ”をどうにかすること】

ってなテーマが密か?にありました。
表面的な【どうにかする方法】ならば、これまで読んできたハウツー本でも十分だったと思います。
けど、なんていうのかなぁ……精神的に安定してるときは、余裕できょうだい喧嘩や駄々こねも上手く落ち着く方向へ導くことはできても、何かの拍子にプチっとくると、自分でもイヤになるぐらい超・説教モードに入っちゃったり、怒鳴ったり。
そうなると、【毅然とした態度】じゃなくて、ただの【感情のはけ口】状態なんだよね。

で、ハッとするんです。タケがムスっとして両耳を手で塞いで【聞かザル】体勢に入ったとき。
あ。私ぁまたやっちまったのかな、ハズしちまったのかな、と。
そこで止められるときはまだいいんだけど、それを見て更にムッカーッってなることもあり、

「あ、そう。大事な話をしようってときにそーゆーことするんだ、んじゃママもアンタが話しかけてきたらそーゆー風にすりゃいいのね!!!」

心の中でもう一人の自分が「オイオイそうじゃないだろ」と、ツッコミを入れてます。
でも、ここまでくるとツッコミを入れてる自分もどっか諦めて引っ込んでいってしまうようです。
簡単に言うと【片意地】張っちゃうわけです。

こうなるとき、タケにはタケなりの言い分が必ずあるんです。勿論、メチャクチャなワガママであっても。それを一先ず聞いてやるってのが大事。。
そう分かっていても、【良い親になりたい】な化けの皮が剥がれた【根っこの私】はそんなオトナな対応をしたがりません。

マコの場合は、一人寝室にタタタタ〜っと走って行って、
「ママのバーーーーーーーーーーカ」
と吠えながら号泣します。
「はいはいバカですよ、ママはバカで〜す」
とかブツブツ言ってる自分が悲しい。
うまく気持ちを汲み取れない自分に苛立ちながら、大抵は落ち着くまで距離を置いてます。

…もはや子供のケンカ。
というか、必死に相手をコントロールしようとしてる親(私)と、それに抵抗する子供たち。だな。潔く認めます。

で、大抵やや冷戦気味の時間を数十分過ごしたあと、私から・もしくはタケ・マコの方から「さっきはゴメンナサイ」となり、仲直りをするんだけれど、、そのあとじっくり話をしながら

「さっきはね、怒りすぎちゃったね。でも、かくかくしかじかだったから、ママ怒ったのよ」

…これって自分の感情コントロールができないことを、タケマコに責任転嫁してんのかなぁなんて、思ったりもして。勿論、危ないこと・やってはいけないことをしているのを見てガツンと叱ったときは、仕方ない部分もあるかな、と自分を慰めもするんですが。
例え、言い過ぎたことを謝り、その分たっぷり抱っこしたりしながらスキンシップを取ったとしても、また何日〜何週間か過ぎると同じことを繰り返してしまっては意味がない。
やっぱりママチャンはボク・ワタシの気持ちなんか理解する気ないやい。そう思われたら意味がない。

この流れをボンヤリ考えていて、ふと戦慄。
最近個人的に興味があってDVについてよく調べたりしていたんだけれど、何か思考パターンが似てないかしら?
(ちなみに、うちのダンナさんはDVじゃないです。あしからず。)
…そこまで至らなくとも、自分の中に自己中心的な【価値観の押し売り】な部分は間違いなくあるわけで、やっぱり自分の中の“困ったヤツ”をどうにかする責任、感じました。

もともと毒になる親は、人に勧めたいがために、自分も読んどこ〜ぐらいの気持ちで最初手に入れたんだけれど、【自分の考え方の基礎】ってなんぞや…というところを意識させてくれた点で、私にとっても大いに有用な本だったと思うのね。

――実際、我が家はどうだったかな。
そう振り返ってみようとすると、そんなに昔の話でもないのに何故かイマイチ記憶がハッキリしていなくてなんとも判断しがたいのだけれど、まぁ客観的に観察するに、
【一般的によくある“微妙ぅ〜に精神衛生上よろしくない”環境】
だったんだろうなーと。余りにも自分にとっては日常的で当たり前すぎで、気付かなかったけれど。
そうだなぁ…なんていうんだろ、少なくとも私にとっては【毒】とまではいかないんだとはと思う。実家へ帰ることには抵抗ないし、ここまでくるのにいっぱい、感謝しきれないくらい助けられているけれど、大切にされる余りにややコントロールされ気味〜…だったかな?ボーダーライン?
あとは、本来子供には見せるべきでない部分も、ちと露骨に見せられて育ってきた部分もある。…この辺はまぁ事情が複雑に絡んでる部分もあるので、同情の気持ちもあるけれど。

「言い過ぎた。」
「やり過ぎた。」
「余計なことをした。」
「これって子供にとって心の傷になりうるよね」
…そう自分の非を感じたとき、謝ることができるようになった、というのは自分的に褒めてあげたいと思う。
親って、何故か子供に対して謝ることはいけない・その必要はない…みたいな部分、多少なりともあるよね?こういう風に私を怒らせたあなたにも原因がある。仕方がない。…そんな風に片付けちゃいがち…ってこと、ないっすか。
そして素直に謝れず、代わりに急に優しくしてみたり、プレゼントをしてみたりしてご機嫌をとるとか…
今の私は、素直に謝れるようにはなったけれど、ついつい【言い訳】を強調してしまうとこを直す・同じ失敗を極力さける努力はしなければ。

身体の大きい大人が小さな子供に対して大きな声を張り上げたり、怖い顔で睨んだり。たったこれだけでも威圧感を感じて、心って簡単に傷ついてしまう。しかも、それが日常的になり、その原因がホントに些細なことだったり予測が付かないと、常に機嫌を伺いながら過ごすようになってしまう。
大人になってからの人間関係・社会生活にも何らかの形で影響が出る。
人格形成に大切な時期である今、自分の接し方が将来この子達を苦しめることになったら、イヤだ。

それをハッキリ自覚するために、悩むことはとてもプラスになるし(ただただ自責の念に駆られてるだけじゃだめだけどね)、自分の弱点・ダメなところを知るって、とっても重要。
知ることで、弱点のない人間…になんてなれないけれど、自分の弱さを受け入れてあげることで、かなり心は楽になると思うのね。
相手を変えることは不可能だけれど、自分は変われる。自分が変われば、相手が変わることもある。
それは子育て以外のところでも言えることかもしんない。

…とまぁ、色々自己満足な自己分析なんぞしつつ、色々開眼中。
開眼し始めたけど、全然身になってないのが現段階です(何。
でも焦ると自己嫌悪に陥るからね。これでいいんだ。うん。

ぶっちゃけ、私が落ち込んでる内容って、
「あ〜あるある。よくあるってそんなこと。分かるよその気持ち。私もきっとそうしちゃう」
…ってな程度のことかもしれない。
けど、そこで終わらせたらそれこそ手抜きかなーって。家事は手ぇ抜くけど、メンタルは手ェ抜いちゃいけないと思う。(ん?

 

昨日ね、日テレの世界まる見えテレビ特捜部で最近コーナー化してる緊急出動!子育ての悩みはナニーにおまかせ!ってやつをね。子供たちと三人で見てたの。
お父さんが亡くなってから、子供たちが荒れだして、お母さんが手を焼いちゃって…てやつ。
最後、娘と母親が心のすれ違いが判明して…の辺りで、タケが寝転がっていた座布団に顔を埋めてグシグシしてたんだけど、フッと顔を上げて

「た、タケ泣いてないよ。眠いの。眠いから顔こすったの。」

と、誰も聞いてないのに突然言い訳を始めてww
ドキュメンタリーの内容に感動しつつ、何となく自分にも重ねてる部分あるのかな…って思って、微笑ましく思った反面、私もタケの声、ちゃんと聞こうと誓ったのでありました。
感動して思わず涙ぐむ心がある、ってことは、タケはちゃんとまっすぐ育ってる。ここで私が曲げたらイカン、みたいな。

まずは、前述の【何かの拍子にプチッ】の何かって何さ。ってとこを、リストアップするとこからジワジワと進んで行こうと思います。

修行です。

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 '07.07.31(火) 09:55
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